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廣福寺の歴史

もとは伊佐早(いさはや)城主西郷家の別宅地。
禅殺(ぜんせつ)となった後、天正元年(1573年)10月に天佑寺より一智道融大和尚(いっちどうゆうだいおしょう)を請して、開山となる。
天正15年(1588年)に龍造寺家晴(りゅうぞうじいえはる)公により西郷家が攻められ、不幸にも戦火にて伽藍(からん)が焼失。
慶長16年(1611年)終わりごろに諫早家二代直孝(なおのり)公が父・家晴公の菩提の為、再建。
その後、諫早一揆の責任を取らされた諫早家の重臣二名が廣福寺(ひろしふくじ)内で切腹。
幾度となく焼失と諫早家による寄進により再興を繰り返し、現在にいたる。

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